6/25 1限:自然保護を考える + 2限:身近な自然を考える

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自然をめぐる3つの危機(pp.18-19)

  1. 人為的な開発などで自然が失われる危機(第1の危機)←原生自然(wilderness),自然保護(preservation)
  2. ライフスタイルや産業構造の変化によって,人の手が入らなくなり荒れる危機(第2の危機)←手入れ,自然環境保全(conservation)
  3. 外来種や化学物質が持ち込まれ,生態系が攪乱される危機(第3の危機)←自然再生

世界遺産―自然保護の制度化とグローバル化(pp.22-24)

人間と自然の分離

野生生物の保護と獣害問題(pp.26-28)

獣害問題(シカ,カモシカ,クマ,サル,イノシシなどによる農業や森林への害)の原因は?
  • 保護による生息数の増加
  • 山林などの開発
  • 人間による馴化
原因は何であれ,状況によって保護か被害対策のどちらかが優先される
野生生物との共存は,保護と被害の相反する価値を併せ持ち,それらが不平等に人々に分配されることを考えなければならない。

コウノトリの野生復帰(p.29)

兵庫県立コウノトリの郷公園
http://www.stork.u-hyogo.ac.jp/
人間が野生生物を人工的に繁殖させて野生に復帰させるとはどのようなことか?
コウノトリは田んぼや里山に生息してきた「里の鳥」であった。←トキも同様である。
環境保護と環境保全の区別を思い出してみよう。
豊岡市立コウノトリ文化館
http://www5.city.toyooka.lg.jp/cms/kounotori/index.html
コウノトリ本舗:地域振興に野生生物を利用する=人間と生物の多様な関わり方の一つとして捉えよう
http://kounotori-honpo.jp/

生活環境主義―地域住民の視点で環境との共存を考える(p.41)

生活世界(life world)から出発して環境問題における人々の行為を理解

生活世界=日常生活における個人の経験から形成される,周囲についての主観的理解に基づく世界である.そのような主観的理解が共有され,日常的な知識のあり方が階層的に形成される.

日常知識  日常知識の階層構造(鳥越,1989に基づく)

川は誰のものか―「里川」

川と人間

コモンズという視点(pp.48-53)

ギャレット・ハーディンの「共有地の悲劇」(1968)―資源枯渇問題―

一定の広さの共有放牧地で,牛を飼育している農民の集団があるとする.この状況では,個人が所有する牛の数を増やすと利益になる.しかし,過剰放牧になれば,牧草は枯渇して牛の栄養状態は悪化し,経済的損失になる.ところが,この損失はすべての農民に分散されるので,牛を増やした場合でも,頭数の増加による利益が損失よりも大きい場合がある.すなわち,全農民が自分の利益を最大化しようと合理的に行動するならば,他人より早く牛の数を増やそうとする.しかし,このことは過剰放牧を加速し,共有牧草地を荒廃させて,結局は共倒れになってしまう.

フリーライダー(ただ乗り者)

環境問題における社会的ジレンマの構造

環境問題のジレンマ

他人が環境に配慮する場合,(A)と(C)を比べると,(C)(=フリーライダー)のほうがより少ないコストで利益(環境が良い)を得ることができるので,(C)が合理的な選択肢となる.他人が環境に配慮しない場合,(B)と(D)を比べると,利益が少ない(環境が悪い)のは同じだが(D)のほうがコストがかからないので,(D)が合理的な選択肢となる.このようにして,多くの個人が(C)または(D)のように環境に配慮しない行動をすると,結果として(D)のナッシュ均衡が生じ,環境は悪化する.

協力行動を促進するための対策

コモンズ(Commons):地域住民を中心とした人びとが共同で所有・利用・管理している自然環境

日本の共有地(入会)とその崩壊の歴史

事例:小繋事件―入会権をめぐって起こった裁判闘争事件

岩手県二戸郡一戸町字小繋(現在の一戸町)は盛岡の北約50キロ,東北本線,国道4号線沿いの人家40戸の小部落だったが,水田・畑とも少なく,住民は2000ヘクタールの入会山に頼り,建築用材,燃料,肥料,飼料や食料の一部もそこから得ていた.明治10年に旧名主の立花喜藤太名義で民有の地券を与えられた。(戒能通孝『小繋事件―三代にわたる入会権紛争―』岩波新書,1964年)

出来事
1907立花は事業の運転資金のため,茨城県の海産物商・鹿志村亀吉に利権を譲渡.同年9月,鹿志村はこの所有権を陸軍に売り込む.
1915小繋で大火.2戸を残して全焼.旧記,証書など焼失.鹿志村は農民が山から建築用材を切り出すことを阻止し,暴力・警察力によって農民を追い出そうとする.
1917村民は「共有の性質を有する入会権の確認および妨害排除」の判決を求め,盛岡地方裁判所に提訴.民事訴訟事件に発展.
193214年・63回に及んだ口頭弁論を経て第一審判決.原告が敗訴.
1936第二審(控訴審)判決,控訴棄却.
1939大審院判決.「部落民は……入会権を自然放棄した」とされ村民側敗訴.
1944村民4名が鹿志村側の妨害を排除し,入会権の実力行使を行なったことに対し,森林法違反のかどで告訴・投獄される.
1946第2次訴訟始まる.
1951「共有の性質を有する入会権の存在は認める」が,「時効によって入会権の付着しない所有権」を鹿志村が取得という判決が下る.
1953仙台高裁が職権調停の意思表示.同年10月調停が成立するが,その内容は鹿志村側が山林150町歩を贈与する代りに入会権を放棄するものだった.反対派村民は調停無効を仙台高裁に提出.
1954仙台高裁,申し立てを棄却.
1955仙台高裁,第2次訴訟は昭和28年に終了したと判決.岩手県警の警官隊150名が小繋部落を急襲し,10名の村民を逮捕.反対派の2人が家屋改築のため,祖父が植えた立木を伐採したことが「封印破棄・窃盗・強盗・森林法違反」に問われ,それを支援したとして農民5人と支援者2人,計9人が刑事被告人とされた.
1959盛岡地裁「調停無効,入会権確認,森林法違反の全員無罪」判決. 検察側控訴.
1963仙台高裁が盛岡地裁の判決を破棄,森林法違反も有罪とする控訴審逆転判決が下る.被告団上告.
1966上告棄却判決,全被告の有罪が確定する.