誰も知らない「名画の見方」 高階秀爾

ヨハネス・フェルメール(1632-75)オランダ
絵画の黄金時代を代表
作品数はわずかに三十数点、19世紀になって存在が再認識
精緻な写実の画家
光の効果:瞳に描かれた自然にはあり得ない白い点によって、
生命感にあふれた人間の顔を描くことができることを発見。
内部に精神を宿した「まなざし」により、画家を見ている「人間」を描くことに成功した。
代表作:真珠の耳飾りの少女(ハーグ、マウリッツハイス美術館)

ヤン・ファン・エイク(1390頃-1441)フランドル(ベルギー)
現在の油彩画法を完成
精緻なだまし絵などの「仕掛け」によって、見る者は気づかぬうちに画家が創造した「描かれた世界」を体感することになる。
代表作:アルノルフィーニ夫妻の肖像(ロンドン、ナショナル・ギャラリー)

ディエゴ・ベラスケス(1599-1660)スペイン
「画家中の画家」と呼ばれる。
プラド美術館(王立美術館)開館の19世紀以降に公開、後世の画家が驚嘆
エドゥアール・マネ(1832-83)も多くを学び、結果、印象派の画家に影響
遠近法を用いず、わずかな影を描くことによって奥行きを表現
大胆な筆捌きで見た目の印象を描く。画家の目に映った印象が筆触としてそのまま画面上に残されている。
事実に即して描くのではなく、自分が見た真実に即して描き、
本質を描くことに自負と誇りをもって、印象派の画家に多大な影響を与えた。
代表作:黒衣のフェリペ四世(マドリード、プラド美術館)
王女マルガリータ(ウィーン、美術史美術館)

フランシスコ・デ・ゴヤ(1746-1828)スペイン
宮廷内の画家として地位を確立
旧体制から革命の時代、一見、日和見主義的に態度を変えながらパトロンの注文に応じた。
過酷な運命に鍛えられたかのように鋭さを増していった画家のまなざしは、卑しさや弱さ、残忍さといった人間社会の闇を浮き彫りにするようになっていった。
代表作:カルロス四世の家族(マドリード、プラド美術館)
プリンシペ・ピオの丘でお銃殺(マドリード、プラド美術館)
わが子を喰らうサトゥルヌス(マドリード、プラド美術館)

ジャン・フランソワ・ミレー(1814-75)
無名のごく平凡な農民を写実的に描き、「農民画家」と呼ばれる。家族を描いた多くの作品を残す。現実に存在する人々を描き、懸命に生きる生身の人間を描くことに芸術的価値を見出した。
伝統を重視する美術アカデミーにはなかなか受け入れられなかった。
美術アカデミーが評価したのは、伝統的な様式の追及、歴史・宗教の解釈とそれを視覚化する技量。
身近な日常の中に主題を求めつつ、より今日的で現実的な人間像を探求し、描き出した。
代表作:落ち穂拾い(パリ、オルセー美術館)
晩鐘(パリ、オルセー美術館)
待つ人(カンザスシティ、ネルソン・アトキンズ美術館)

ヒエロニムス・ボス(1450頃-1516)ネーデルランド(ベルギー・オランダ地方)
人間の罪や愚行をテーマにした作品を数多く残した。中世から近世への転換期で、終末の危機感が蔓延した時代。魂の救済を求めた時代の精神風土に根づいて描かれたもの、時代の要求に応じて生み出された表現のひとつだった。
ユーモアに満ちているのは、「人間は本来、愚かなもので、自分もまたその愚か者の一人である」という前提で描かれたからであろう。
実際にはあり得ない幻想であるが、実生活の上でどことなく見覚えのあるものから生まれた怪物を写実的に描いたからこそ、かえって人々の恐怖心に強く訴えかけることができたのだろう。
代表作:
(七つの大罪(マドリード、プラド美術館)

パブロ・ピカソ(1881-1973)スペイン生まれ
20世紀を代表する画家
築き上げたスタイルを惜しみなく破壊し、生涯をとおして常に新たな絵画を創造し続けた。
青の時代、薔薇色の時代、キュビズム、新古典主義の時代、シュルレアリズム(超現実主義)
「絵画は私よりも強い、絵画はいつも自分を好きなように引き回して好きなようにさせる」
自分自身が絵を描いているはずなのに、実際には自分のほうこそが絵画に憑りつかれていて、描かされていると実感していた。:
代表作:ラヴィ(人生)<>青の時代
サルタンバンクの家族(ワシントンナショナルギャラリー)<薔薇色の時代>
サルタンバンクの家族(ワシントンナショナルギャラリー)<キュビズム・シュルレアリズム>
アヴィニョンの娘たち(ニューヨーク、近代美術館)<キュビズム・シュルレアリズム>
ヴォラールの肖像(モスクワ、プーシキン美術館)<版画、分析的キュビズム>
籐張り椅子のある静物(パリ、ピカソ美術館)<キュビズム>
椅子に座るオルガの肖像パリ、ピカソ美術館)<新古典主義の時代>
3人の音楽師(フィラデルフィア美術館)<キュビズム>
パンと果物入れのある静物(スイス、バーゼル美術館)<キュビズム>
ダンス(ロンドン、テートモダン)<シュルレアリズム>
ゲルニカ(マドリード、ソフィア王妃芸術センター)<タペストリー、・シュルレアリズム>
アルジェの女たち(個人蔵)<キュビズム>
http://homepage3.nifty.com/okadamasa/enjoypai/PicaKore.html


ポール・ゴーギャン(1848-1903)パリ生まれ
タヒチで繰り返し描いたのが、エヴァ(イブ)を主題とした作品。
エヴァの主題とは、文明人としてのタブーが意味を失う原始的な世界においてのみ可能であるような、野性的なほどに力強い「生命賛歌」を意味している。
もっぱら視覚に基づく印象を自然に即して描写しようとする印象派と違って、ゴーギャンは絵画にもっと精神的なものを求めた。
代表作:我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか(ボストン美術館)

ボッティチェリ(1444-1510)イタリア生まれ
中世においてキリスト教的価値観が否定した古代ギリシャ・ローマ文化の再生・復興を目指した、ルネッサンスの最盛期。古代文化の再発見をとおして得た人間に対する新しい認識によって、人間の存在を中心に考える人文主義が開花した時代。
フィレンツェのメディチ家の庇護を受けて、優美で官能的、女性的なやさしさにあふれた作品を描く。
これらは個人の所有物であったため、19世紀まで公開されなかった。
それまで、質実剛健、知的なイメージの強い画家だった。
「代表作」はあくまでも他人の評価に基づくものであって、画家自身が決めたものではない。「代表作」とは、わずかな偶然や時代の好みで、大きく変化してしまうこともある。だから、今日の「代表作」が明日の「代表作」であるとは限らないのだ。
なによりもまず自分の目で見て、「自分にとっての代表作」を見つけるつもりで鑑賞するのがよい。
代表作:ヴィーナスの誕生(フィレンツェ、ウフィツィ美術館)
反逆者たちへの懲罰、モーセの試練(ヴァティカン宮、システィーナ礼拝堂)

レオナルド。ダ・ヴィンチ(1452-1519)イタリア生まれ
ラファエロ、ミケランジェロと共にイタリアの盛期ルネサンスを代表する巨匠
水の様々な変化、循環を観察。動物や植物のあらゆるものを観察し、デッサンを繰り返すことで、こうした変化や循環が生命に通じる原理であるという画期的な考えにたどりついた。
「美は無限に変化するもののなかにある」
「とぎれることなく無限に変化するものが美しい」
「美はまさにその変化のはざまにある」
無限に変化するものを描くために、自然界には存在しない輪郭線によって形をはっきりと区切るのではなく、明暗や色の調子とその変化によって形を表すスフマート技法(ぼかし技法)を発達させた。
代表作:モナ・リザ(パリ、ルーヴル美術館)

ポール・セザンヌ(1839-1906)フランス・プロヴァンス生まれ
ポスト印象をを代表する画家
ルーヴル美術館で、過去の巨匠たちの絵画を模写することによって、絵画のつくり方を学んだ。
視覚に基づく画家の個人的な印象を表そうと試みる印象派の色彩表現に触れ、見たものを描写するだけでなく、自己の感覚に基づいて描くk元、つまり「感覚の実現」こそ絵画となることを学んだ。
対象の描写を通じて物語的な内容をもった主題を表現するという描き方が、当時の西洋絵画の常識であった。ところがセザンヌが確立した絵画は、対象を色彩と形の統一によってとらえ、それをカンヴァスの上に実現するという、まったく新しい描き方によって絵が画れている。このように、物語的な内容を排除して、色と形だけで絵画を描いたセザンヌは、絵画には絵画固有の主題があるとする20世紀絵画の基礎を築いた画家となりえた。
代表作:

グスタフ・クリフト(1862-1918)
オーストリア・ハンガリー帝国の首都ウィーンで活躍
アールヌーヴォーの様式やエキゾチックな模様を多用して装飾性を高め、独自の官能的な画面を作り上げることによって、「音楽」のように人びとの心に力強く訴えかける主題を表現することができた。
絵画を見る者は、画家が選んだ描き方を通じて画家の主題を理解することができる。つまり、絵画を見る際には、作品の見かけの美しさを鑑賞するだけでなく、画家がどんな主題に基づいて、その作品を描いたかを「考える」ことで、理解を深めることができる。
代表作:接吻(ウィーン、ベルヴェデーレ宮)

ピーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640)フランドル(ベルギー)
17世紀西洋絵画史最高の画家
すぐれた演出力、3000点を超す作品を遺す。
多作を支えた工房の存在、下絵はすべて本人の作。
代表作:キリスト昇架・降架・復活(ベルギー、アントウェルペン大聖堂)
マリー・ド・メディシスの生涯(パリ、ルーヴル美術館)

エドガー・ドガ(1834-1917)パリ生まれ
印象派を代表する画家のひとり
新しい時代の生活風景をルポルタージュ的に描いた。
屋外にカンヴァスを持ち出して描くほかの印象派の画家のように、現場で見たままを描いていたわけではなく、正統的な美術教育を受けた彼は、あくまでも古典主義的な絵画の手法にのっとり、スケッチを基にしてアトリエで制作していた。
計算しつくしてつくりあげた、いわば演出上の「一瞬」を絵画にした。
ドガが描き出した瞬間や時代の風俗は、すべて優れた演出家ドガによって作り上げられたものだったのである。だからこそ、鑑賞者は一枚の絵を前にして、まるで演劇の観客であるかのように、そこに描かれている場面の前後に広がるドラマを彷彿することができるのだろう。
代表作:エトワール、バレエの授業(パリ、オルセー美術館)

ピエール・オーギュスト・ルノワール(1841-1919)フランス・リモージュ生まれ
印象派の巨匠のひとり
生涯をとおして、明るく幸福な主題しか描かなかった。特に、色白でふくよかな若い女性を好み、彼女たちの健康的な生命の輝きを描き続けた。
感覚的な画家といわれた一方、知的で洗練された職人的なテクニックをもっていた。黒の活用。屋外での肖像画。
作り手である画家と受け手である鑑賞者の間で、意思の疎通がはかられなければ、名画にはなりえない。
代表作:ムーラン・ド・ラ・ギャレット(パリ、オルセー美術館)

ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル(1780-1867)フランス・モントーバン生まれ
古代ギリシャ。ローマの古典美術を規範に、普遍的な美を追求する「新古典主義」の中心的存在
代表作:グランド・オダリスク(パリ、ルーヴル美術館)

エドワルド・ムンク(1863-1944)ノルウェー
世紀転換期において、生と死と愛をテーマに、画家が心に抱く不安や恐れ、孤独を表現した。
今日でも多くの人々がムンクに惹かれるのは、彼の作品が繁栄の奥に先行きの見えない不安を抱える現代人の心に、強く訴えかけるからであろう。
代表作:叫び(ノルウェー、オスロ美術館)

ジョン・エヴァレット・ミレイ(1829-1896)イギリス・サザンプトン生まれ
ラファエル前派を代表する画家。ルネサンスの巨匠ラファエロ以前の、初期イタリア・ルネサンス期の素朴な絵画に復帰することを目指した。
その後、伝統絵画の行方を案じ、イギリス伝統絵画の担い手として目覚める。
代表作:オフィーリア(ロンドン、テート・ブリテン)

カラヴァッジョ(1571-1610)イタリア
バロック絵画の先駆者
徹底した写実主義、演劇のように大胆に動き、そして劇的な明暗の対比という特徴。
勢力を拡大していたプロテスタントに対抗した、カトリックの強力な宣伝媒体。それまで理想化して描かれていた聖人を、まるで農民や庶民のように無骨な姿で描くことで、一般大衆にとって現実的な身近な存在に仕立て上げた。
代表作:聖マタイの召命(ローマ、サン・ルイジ・デイ・フランチェージ聖堂)

ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ(1853-1890)オランダ
画家としては27歳からのわずか10年間。
サン・レミ時代(死の1年前)の作品が画業を代表。
ミレー―を深く尊敬。『昼寝』など独自の色彩で模写。太陽の色、生命の色である黄色と、神聖な天上の色である青。
代表作:ひまわり、自画像、夜のカフェテラス

エドゥアール・マネ(1832-1883)パリ
近代絵画の父と称される。
『オランピア』以前の裸婦像が、神話や聖書、歴史などを題材として描かれた女神像や寓意像だったのに対して、マネの描いたオランピは実在する女性の裸像だった。(スキャンダルに)
背景を省略し、わずかな影によって奥行きを表すベラスケスの空間表現と大胆な筆遣いに、マネは強い影響を受けた。
ルネサンス以降、平面である画面の中に三次元の現実世界を表現するために培われてきた、遠近法や明暗、肉付け法などといった西洋絵画の伝統的な表現を、ほとんど全面的に否定した。しかし、オランピアの裸婦像の肉体は、見る者に十分な存在感を感じさせる。それは、マネの絶妙な色彩表現や躍動感あふれる筆遣い、さらには、日本の浮世絵から学んだ身体の輪郭線を強調する描法によるものである。
過去の巨匠の作品から構図やモチーフを受け継ぎながらも、同時代に生きる女性を描いたうえに、伝統的な表現方法を否定することによって、西洋絵画の歴史を大きく塗り替えたのである。
巨匠と呼ばれる画家の素晴らしさは、先達の築いたものをただ否定するのではなく、しっかりと受け継ぎ、それらを十分に咀嚼して、みずからのうちに取り入れることによって、自分自身の芸術を新しく築き上げたところにある。
優れた『新しさ』には、伝統に裏打ちされた歴史的な根拠があるのだ。
代表作:オランピア(パリ、オルセー美術館)

ピーテル・ブリューゲル(1525-1569)ネーデルランド(ベルギー、オランダ)
農民の生活風景を描いた。
<雪中の狩人>をはじめんとする「季節画」においてブリューゲルは、移り変わる四季を通して、豊かな自然の営みと、季節に支配された農民たちの生活実態をありありと描き出した。
時代が進むにつれて、絵画が王侯貴族という限られた階級の人々だけではなく、富裕な農民を含めた市民層にも親しめるものになった。
代表作:雪中の狩人(ウィーン、美術史美術館)

ベルト・モリゾ(1841-1895)
女性画家
家族や働く女性の姿など、身近な題材を深い愛情をもって描いた印象派の画家
エドゥアール・マネの知遇を得る。
印象派の典型的作風風のため酷評にさらされた。
男性では決して描くことのできない、近代都市パリで生活する女性の生き生きとした姿を描いた。
社会的に失うものがなかったモリゾは、精神的には男性が画よりずっと自由でいられたに違いない。
バルビゾン派の風景画家カミーユ・コロー(1796-1875)に師事。
代表作:ゆりかご(パリ、オルセー美術館)

ギュスターヴ・モロー(1826-1898)パリ
聖書や神話を題材に幻想的な世界を描き出した。
生と死や、男女の愛と憎しみといった人間をめぐる永遠のテーマを、神話や聖書の物語に託して幻想的に表現し、一世を風靡した。
無意識の世界を表現しようとしたシュルレアリズム(超現実主義)が起こると、「古くさい」として忘れ去られていたモローの作品は、再び脚光をあびることになる。
第二次大戦後、色によって画家の内面を表そうとした抽象表現主義の絵画が誕生すると、その先駆者として、モローの作品は再評価された。
さまざまな面で20世紀美術を予告していた点が、今日までつづくモロー人気の理由の一つとなっている。
名画には、時代の移り変わりが描き出されていることがしばしばある。つまり、名画は貴重な歴史的資料という役割も担っているのである。
名画に描かれた時代の変化を知りたければ、その作品だけでなく、同時代の画家たちの作品であったり、同じ傾向をもつ一時代前の画家の作品と比較してみるといい。

以 上