手紙 東野圭吾

大人とは不思議な生き物だ。ある時は差別なんかいけないといい、ある時は巧妙に差別を推奨する。その自己矛盾をどのようにして消化していくのか。そんな大人に自分もなっていくのだろうかと直貴は思った。 p.159

優しい人間でも、いつもいつもその優しさを誰にでも示せるものじゃないってことだ。あっちを取ればこっちを取れない。そういうことっていっぱいあって、何かを選ぶ代わりに何かを捨てるってことの繰り返しなんだな、人生は。 p.207

若い時は、親のやり方については、大抵納得できないものだ。だけどいずれわかる時が来る。 p.259

犯罪者やそれに近い人間を排除するというのは、しごくまっとうな行為なんだ。自己防衛本能とでもいえばいいかな。
じゃあ、僕みたいに、身内に犯罪者が出た者の場合は、どうすればいいんですか。
どうしようもない、としかいいようがないかな。
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君のお兄さんはいわば自殺したようなものだよ。社会的な死を選んだわけだ。しかしそれによって残された君がどんなに苦しむかを考えなかった。衝動的では済まされない。君が今受けている苦難もひっくるめて、君のお兄さんが犯した罪の刑なんだ。
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我々は君のことを差別しなきゃならないんだ。自分が罪を犯せば家族をも苦しめることになるーすべての犯罪者にそう思い知らせるためにもね。
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君に対してどう接すればいいのか、皆が困ったのだよ。関わり合いになりたくない。しかし露骨にそれを態度で示すのは道徳に反することだと思っている。だから必要以上に気を遣って接することになる。逆差別という言葉があるが、まさにそれだ。
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しかしね、本当の死と違って、社会的な死からは生還できる。
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自分の現在の苦境は、剛志が犯した罪に対する刑の一部なのだ。犯罪者は自分の家族の社会性をも殺す覚悟を持たねばならない。そのことを示すためにも差別は必要なのだ。 pp.317-324

解説 井上夢人 より

作者は、物語の至るところに鏡を用意して待っている。読者は、ギクリとしながら、鏡の中で立ち尽くしている自分を見せつけられることになる。
ほとんどの人は、自分は差別などとは無縁だと考えている。魚の中に存在する差別に対して怒りを覚え、嫌悪を感じることはあっても、自分が差別する側に立つことは断じてないと信じている。・・・この小説は、そんな我々に問いかける。「では、この鏡に映っているのは、いったい誰なのだ、と。」 p.425

あの9.11テロが起こった後、アメリカでは「イマジン」が放送自粛の目に遭った。



以  上