よくある質問
- 生物学的観点
- 制度的観点
- 倫理的観点
生物学的観点
- Q.
地域によって固有である生物多様性の価値を、他の場所で復元できるのか?
- A.
生物多様性の価値や機能をすべて復元することは難しいが、例えば既に日本でも始まっているトキやコウノトリのハビタットの復元のように、すべての機能ではなく特に重要と考えられる特定の機能に絞ることによって、逆に復元行為が具体化され、結果的により可能性が高まる。固有と考えられている自然の中にも実は人間が作ってきた自然が少なくない。
完全に復元できないからといって、開発による自然の消失をそのままにしておくことはより深刻な生物多様性破壊である。
出典:田中章,大田黒信介(2010)戦略的な緑地創成を可能にする生物多様性オフセット〜諸外国における制度化の現状と日本における展望〜都市計画,Vol59,No5,p18-25.
- Q.
代償する土地にも固有の自然があり、そちらは自然破壊にならないか?
- A.
生物多様性オフセットの用地は、すでに自然が破壊されているところあるいは劣化しているところでなければならない。開発された土地(もちろん農業、林業開発によるものも含む)の他、放棄水田、放置された雑木林、管理されなくなった植林地なども対象となる。生物多様性オフセット用地の自然性が高いことが判明したらそこでの代償行為は代償行為とみなされない。そのようなリスクを回避するためにも自然再生事業にも環境アセスメントは適用されるべきである。米国では自然再生事業もNEPAアセスの対象である(田中,2004)
出典:田中章,大田黒信介(2010)戦略的な緑地創成を可能にする生物多様性オフセット〜諸外国における制度化の現状と日本における展望〜都市計画,Vol59,No5,p18-25.
田中章(2004)「再生」の環境アセスメント-米国ハビタット復元プログラムの環境アセスの事例から-.環境アセスメント学会2004年度研究発表要旨集,p1-9.
- Q.
失う自然と代償する自然をどうやってまったく同じもの、あるいはノーネットロスと評価できるのか?
- A.
もともとすべての価値や機能を評価することは不可能である。前項と同様、特に重要と考えられる特定の価値や機能に絞ることができさえすれば評価できる。ハビタット機能であれば筆者が日本に導入したHEPなどの確立した定量評価手法も存在する。ハビタット機能にしてもエサ条件、ねぐら条件、繁殖条件、天敵条件、人間社会からの影響条件など重要なものに絞り込む必要がある。
完全に評価できないからといって、開発による自然の消失をそのままにしておくことはより深刻な生物多様性破壊である。
出典:田中章,大田黒信介(2010)戦略的な緑地創成を可能にする生物多様性オフセット〜諸外国における制度化の現状と日本における展望〜都市計画,Vol59,No5,p18-25.
- Q.
復元・創造された後、その自然は放置され、管理されないのか?
- A.
自然に一旦、人間の影響が入ったら、未来永劫、人間による維持管理活動が必要になる。生物多様性オフセットは、開発事業者に未来永劫の維持管理を要求する。事業者から公共団体に寄付され、公共団体が自然公園として維持していくケースも多い。
出典:田中章,大田黒信介(2010)戦略的な緑地創成を可能にする生物多様性オフセット〜諸外国における制度化の現状と日本における展望〜都市計画,Vol59,No5,p18-25.
制度的観点
- Q.
開発事業の免罪符として悪用されないか?
- A.
明確かつ厳正な「回避→最小化→代償」という「ミティゲーション順位」規則があれば、少なくとも現状よりは開発の免罪符となることはあり得ない。そもそも「代償」の規模や質は免罪符になるような簡易なものではない。また、時間と労力とお金のかかる「代償」の義務(つまりそれだけ貴重な自然を破壊するということ)が開発計画時に事業者に知らされることで、「回避」を誘導することにもつながる。
出典:田中章,大田黒信介(2010)戦略的な緑地創成を可能にする生物多様性オフセット〜諸外国における制度化の現状と日本における展望〜都市計画,Vol59,No5,p18-25.
- Q.
開発事業者に対して必要以上に過度な負担とならないか?
- A.
現在、日本では事業者にまったく義務づけられていないため現在と比べれば負担は増す。しかし、生物多様性に配慮した企業経営は結果的に企業の優位性を示し、競争力を増すことになる。逆に生物多様性配慮に遅れれば、やがては致命的な企業リスクにつながる。生物多様性バンキングが使えれば、開発事業者の負担も軽減する。
出典:田中章,大田黒信介(2010)戦略的な緑地創成を可能にする生物多様性オフセット〜諸外国における制度化の現状と日本における展望〜都市計画,Vol59,No5,p18-25.
- Q.
生物多様性オフセットの場所はどうやって選定すればよいのか?
- A.
基本的に出来るだけ近くで、同じ流域で行う。しかし、周辺の残存している自然とのネットワークなども考慮にいれて、当該地域の長期的、広域的土地利用計画に沿った土地を選定する事が重要である。換言すれば、理想的な緑地計画を推進するエンジンとして開発に伴う生物多様性オフセットの義務を合理的に利用することが重要である。
出典:田中章,大田黒信介(2010)戦略的な緑地創成を可能にする生物多様性オフセット〜諸外国における制度化の現状と日本における展望〜都市計画,Vol59,No5,p18-25.
- Q.
開発事業による消失と生物多様性オフセット完了までに時間差があるのでは?
- A.
生物多様性オフセットは開発計画時に環境アセスメントの中で検討される。その際、生態学的にオフセット完了(自然復元完了)までの時間も重要なパラメータとして考慮されなければならない。HEPはそのような評価が可能な手法である。
本来、生物多様性オフセットは、開発事業に先だって完了されなければならない。それを容易にするのが生物多様性バンキングの仕組みである。
出典:田中章,大田黒信介(2010)戦略的な緑地創成を可能にする生物多様性オフセット〜諸外国における制度化の現状と日本における展望〜都市計画,Vol59,No5,p18-25.
倫理的観点
- Q.
生物多様性オフセットは、広大かつ安価な土地を有する米国だけで運用されている特殊な制度では?土地が狭小の日本では非現実的では?
- A.
世界の53カ国で制度化されている。ヨーロッパや香港など小さな国も多い。土地の広狭には関係なく、失う自然と同等のものを生態学的に保障するということ。質量ともに大きく壊せば保障は大きく、小さく壊せば保障は当然小さい。
むしろ、狭小な国土であれば、開発に伴う生物多様性配慮はより重要になるのでは。日本にも放棄水田、放棄林、「塩漬け土地」など、可能性のある土地は多い。里山や自然公園区域でも自然劣化が激しいところはオフセットの対象になりうる。
出典:田中章,大田黒信介(2010)戦略的な緑地創成を可能にする生物多様性オフセット〜諸外国における制度化の現状と日本における展望〜都市計画,Vol59,No5,p18-25.
- Q.
異なった自然、風土、文化で育った海外制度の日本への導入は無理では?
- A.
もちろんこれらのことを十分に踏まえ、それに見合った制度として運用していくことが重要。しかし例えれば、米国で開発されたガン治療を日本人に合わないといって無視することもないだろう。合理的かつ科学的に運用できるところは適用すべき。
出典:田中章,大田黒信介(2010)戦略的な緑地創成を可能にする生物多様性オフセット〜諸外国における制度化の現状と日本における展望〜都市計画,Vol59,No5,p18-25.
- Q.
お金さえ払えば、自然を壊しても良いのか? マネーゲームとなり、生物多様性保全は実現できないのでは?
- A.
生物多様性オフセットはお金で自然破壊開発型の許可を買うのではない。事業者の義務はあくまでも具体的な自然破壊に対する、ある一定レベル以上の自然復元、創造、増強などの自然保全活動とその成果である。いくらお金を使ってもそのレベルまでの自然復元ができなければ義務は続く。お金が仲介する生物多様性バンキングでもその義務は同じ。バンキングによって生物多様性保全がビジネスとなり、結果的に推進されるのは良いことである。
出典:田中章,大田黒信介(2010)戦略的な緑地創成を可能にする生物多様性オフセット〜諸外国における制度化の現状と日本における展望〜都市計画,Vol59,No5,p18-25.
- Q.
生物多様性は地域で固有のものだし、そこに関係する人々の意見も多様であるため、何をもってして生物多様性オフセットが成功したといえるのか?
- A.
Aという自然を壊してBという自然で代償する。これが良いのかどうか、十分に生態学的評価することは前提である。しかし、それですべての人が納得する結論は得られないだろう。つまり生物多様性オフセットは机上の空論ではなく現実の開発と保全のバランスをどこで妥協するかというものである。だからこそ、戦略的環境アセスメントの過程で専門家や地域住民を交えたステークホルダース間での合意形成こそが最重要になる。
出典:田中章,大田黒信介(2010)戦略的な緑地創成を可能にする生物多様性オフセット〜諸外国における制度化の現状と日本における展望〜都市計画,Vol59,No5,p18-25.